淡路島を自転車で走る(北半分)

関西人にとって淡路島一周は「淡一」の名前で親しまれるツーリングコースです。海岸線を走れば潮風が心地よく、山越えするとワインディングロードを楽しめます。島全体を走れば150Kmから200Kmのコースですが、ショートカットも可能です。体力と割ける時間によって1日から2日のコースにです。わたしは関西に10年ほどいましたが、そのころの友達に洲本出身のM君がいました。そのひょうひょうとしたキャラクターと淡路弁は今も鮮明で、どんなところで育ったら彼のようになるのか、不思議に思ったものです。で?淡路島にいってきました。←理由になっていません。 新快速の車内です。輪行バッグは、運転席の後ろに置きました。誤解ないよう書きますが、女性運転士の運転を見ているメガホン持参のこてこての阪神ファンのおっちゃんは私ではありません。 今回は明石からたこフェリーで淡路島に渡りました。土曜日のせいかツーリングのオートバイと自転車が自動車より多かったです。岩屋側からフェリーを写してみました。料金580円の約20分の旅でした ※たこフェリーは、2010年11月15日から運航休止です。自転車は高速船「淡路ジェノバライン」で運べます。(2011年2月追記) ※ルートラボのタイトル名をWクリックすると地図が拡大します。地図が読み込めない場合、ココをクリックしてください。フェリー乗り場先の信号で国道28号線(洲本方面)を選べば東回り、県道31号線(富島方面)を選べば西回…

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奥出雲に行ってきました 自転車は?

奥出雲に日帰りで出かけました。観光地の特色を端的に表わす言葉として、「○○の小京都」という言葉が使われます。小京都はなんとなく京都に雰囲気が似ているということでしょうか?以前テレビで見た「ポーランドの京都」にいたっては???ですが。 一方、「○○の奥座敷」のように「奥」がつく観光地も数多くあります。「交通の便は悪いが、街の喧騒を離れて落ち着いた時間を過ごすことが出来るところ」を連想させます。奥出雲はまさに出雲の「奥」、深く入ったところでした。 奥出雲地方と呼ばれている奥出雲町は、広島県に接する中国地方の山間部にある島根県の町です。古事記、日本初期の「ヤマタノオロチ退治」やスサノオノミコトが降臨したと伝えられる出雲神話発祥の地です。松本清張原作の映画「砂の器」で有名になった亀嵩(かめだけ)駅があったり、奥出雲おろちル-プ殺人事件(文芸社)の舞台になりました。 どうやっていくか? ・JR三井野原駅か、出雲板根駅まで汽車でいく場合 広島県の備後落合駅から 島根県の宍道駅までを結ぶ木次(きすき)線で三井野原駅~出雲坂根駅間に三段式スイッチバックがあります。一日上り4便、下りが4便(内1時台がトロッコ車両連結の「奥出雲おろち号」)です。運行日時に注意です。・JR三井野原駅か出雲板根駅まで車を利用の場合東城ICを降りて314号線を北上、約一時間で到着します。三井野原駅には 駐車スペースがなく 線路の反対側のスキー宿(シーズンオフは閉鎖)がありますが、人はいなくても無断駐車になるのでしょ…

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瀬戸内しまなみ海道でサイクリングを楽しむ(反省)

しまなみ海道の記事はすでに書きましたが、走り終えて始めてわかることもあります。以下は反省の記事です。 ※ルートラボのタイトル名をWクリックすると地図が拡大します地図が読み込めない場合、ココをクリックしてください。 ここから本文です 時間に余裕をもった計画が重要です。ツーリング中に休息所に立ち寄らなくても、コース延長70Kmの間にある風光明媚なポイント毎に立ち止まり写真を撮ったりすると大きく時間を失います。今回は、トータルで2時間のタイムロスになり、日没後に走行するはめになって、帰宅が遅れました。向島←→尾道間の渡船は10時まで運行しているそうですが、最悪が野宿というのはいただけません。 地図の準備が重要です。しまなみ海道は、サイクリングロードとして整備されていること、またまんざら知らない土地でもない(生口島、因島に遠い親戚がいます)ので、かんたんな地図しか用意していませんでした。詳細な地図があれば、思わぬタイムロスが防げます。自転車用ナビとかGPSスマホが使えれば便利です。しかし、いちばんいいのは「地元の人に聞く」ことです。人通りが絶えるような時間帯は、走行しないほうがいいです。 起点までの交通手段の確保が重要です。公共交通機関に自転車を持ち込むのか、自家用車で行くかによって検討事項が変わってきます。・公共交通機関を利用する電車やバスの場合、輪行バッグに入れれば「OK」という乗り物が多いのですが、不可の場合も…

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しまなみ海道を自転車で走る!(2)

しまなみ海道を自転車で走る!(1)の続きです。 ※ルートラボのタイトル名をWクリックすると地図が拡大します。地図が読み込めない場合、ココをクリックしてください。 本文はここからです 四国から来島海峡大橋を渡ると大島に着きます。橋を降りてすぐ見えるのが道の駅・よしうみいきいき館です。同敷地内にレンタサイクル管理事務所と「島じゃこてん」屋さんがありました。お土産に、いつものじゃこてんを買います。大島島内では他に亀老山展望台(来島海峡一望)、よしうみバラ公園(四国最大級)がサイクリングコースから近いです。 大島側から伯方・大島大橋を見ます。伯方・大島大橋は大島と見近島との間に架かる大島大橋(吊橋)と見近島と伯方島の間に架かる伯方橋(桁橋)の総称です。村上水軍博物館(大島内)への「矢印標識」が見えます。今回は時間がないので立ち寄りません。 伯方島にある道の駅・伯方S・Cパーク内の「マリンオアシスはかた」で伯方の塩ソフトを食べました。意外とおいしいです。駐輪中の高そうな自転車を鑑賞させていただきました。 伯方島から大三島橋を望みます。大三島橋は、伯方島と大三島とを結ぶ弓を上向きに置いたようなアーチ橋です。本州四国連絡橋の中で最初の橋として着工され、開通当時は我が国最長のアーチ橋でした。 大三島の多々羅大橋のたもとの、道の駅・多々羅しまなみ公園です。多々羅大橋が建物…

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しまなみ海道を自転車で走る!(1)

サンライズ糸山の、レンタサイクル受渡場所です。多くの人が四国側の起点として考えるのではないでしょうか?わたしのいったのはゴールデンウィーク中で、多くの人が集まっていました。駐車場では、交通整理をしていました。 ※ルートラボのタイトル名をWクリックすると地図が拡大します。地図が読み込めない場合、ココをクリックしてください。 しまなみ海道について 瀬戸内しまなみ海道は、広島県尾道市と愛媛県今治市を結ぶ全長約60kmの自動車専用道路で西瀬戸自動車道、生口島道路、大島道路からなります。芸予諸島の島々を橋で結びます。 ・年齢・性別を問わず楽しめますしまなみ海道はサイクリングコースとしてよく整備されているので、誰でも楽しめます。レンタサイクルの前カゴに乗せられた子供さんから、ママチャリの老婦人まで多くの人とすれ違います。・ベテランから、初心者までスキルに応じて楽しめます コース全体は起伏に富んだタフなコースですが、橋や、島内の一部分だけならお手軽なコースです。タイムアタックする人もいますが、景色を見ながらマイペースで走る人のほうが多いです。・「自転車を使った観光」か、「ツーリングの途中に観光」か目的を決めましょう せっかくなのでできるだけ観光したいも「あり」ですが、よくばりは無理につながります。「虻蜂とらず」はつまりませんので、ぜひ立ち寄りたいところ、時間があったら立ち寄るところを、予め決めておきましょう。・あたりまえですが、スタート地点が大…

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AR8

AR8は、アルファロメオが1987年にフィアットグループ入りしたことで生まれた商用ヴァンです。ベースとなった車両はFIAT-IVECOのDailyですがフロントグリルにはもちろんアルファの盾が付けられています。 イタリア本国ではアルファロメオ車のディーラーのサービスカーや警察車両、その他キャンパー仕様なども含めて1994年まで販売されていました。写真は、DeAGOSTINI のアルファロメオAR8のイタリア国家警察仕様のポリスワゴン(1988年モデル)です。※イベコは1975年に3ヶ国5社が合併して出来上がったフィアット傘下のトラック専門メーカーです。

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アルファ75

1985年4月,アルファ75は、(二代目)ジュリエッタの後継車種としてアルファロメオのミドルレンジを担うべく発売されます。75の名はデビュー年がアルファロメオ社創業75周年であったことに因ります。当時のアルファロメオは車名に二桁の数字を使用しているケースが多いですが、大衆車クラスの33(アルファスッド後継)の名前の由来は'77年にFIA世界スポーツカー選手権でワールドチャンピオンに輝いた33TT12と同じく、水平対抗エンジンを搭載していることから、中型車クラスの90(アルフェッタ後継)の名は、同社が1990年まで生き残れるよう願いをこめてネーミングされたものです。写真は、上が、PMA製の1989年のAlfaromeo75 3.0V6Americaで、下がPROGETTO製の1988年alfaromeo75turboです。 アルファ90と平行して開発が進められた75はエルマンノ・クレッソーニ率いるアルファ・ロメオ・デザインセンターが手掛けたデザインで、ジュリエッタ譲りの抑揚の強いウエッジシェイプは通常の自動車美の観念から大きく逸脱する個性的なもので、好き嫌いが分かれるところです。 機構的には、経営破綻寸前だったアルファロメオの台所事情を反映し、先代ジュリエッタ(さらに遡ればアルフェッタ)を踏襲しており、トランスアクスルのドライブトレーンにインボードディスクのリアブレーキ、ド・ディオン・アクスルのリアサスペンションという贅沢極まりないメカニズムを持つ最後の量産モデルです。後輪駆動を信奉す…

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アルファ90

ジュリアの系譜(ココ)にすでに書いたように、ジュリアの時代を、ひとつの頂点ととすると、あとは下るのはしごく当然のことです。70年代のイタリア経済は、度重なる労働争議、2度のオイルショックショック等低迷を続ける理由に事欠かず、産業復興公社の管理下で慢性的な経営難に陥っていたアルファロメオもまた、80年台をむかえても低級飛行を続けていました。 1984年、誕生から12年を経過し古さが隠せなくなっていたアルフェッタですが当時のアルファロメオは経営危機の只中にあり、新型車開発資金が乏しかったため、アルフェッタの機械部分はそのまま継承し、下位モデル75をデザインしたエルマンノ・クレッソーニのデザインによる新しいボディ外板を与えられてアルファ90が登場します。翌1985年には早くもフェイス・リフトが行われ、90スーパーとなりますが、この年に登場したルファ75との棲み分けが難しくなり、1990年まで(会社が)生き延びることを願って命名されたアルファ90ですが、1987年に新世代の旗艦、アルファ164が現れると、その短い生涯を閉じます。 90の唯一の積極的な特色はアルフェッタには与えられなかったV6・2500ccエンジンが最上級バージョンに与えられたことですが、これはほぼ同時期に従来のトップモデル、アルファ6も生産中止され、90がアルファの最上級サルーンの役割を負わされたためです。90のスタイリングは、アルフェッタのイメージは残すものの平凡であまり印象に残りませんが、内装・特にメーター周りはけ…

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Alfa 6 (セイ)

1979年、それまでアルファ・ロメオのトップレンジを保っていた2000ベルリーナ(ジュリアの拡大版である1750の2000ccエンジン換装版)に代わる形でセイ(イタリア語で6の意味)がデビューします。フラッグシップとして企画された大型高級乗用車ですが、ベースとなったのは2000ccクラスの中型車、アルフェッタで、ドアパネルなど共用部品も多く、サスペンションも共用しているため車格の割に妙に車幅が狭いバランスの悪いモデル(4.8m近い全長に対し、全幅は1.7m足らず)となってしまいます。また、1973年の第一次石油危機などで開発が遅れた結果、アルフェッタから実に7年もも発売が遅れ、6のスタイルはデビュー当初から古くささを感じさせるものでした。Norevのアルファロメオ 6 セイ・ベルリナです。 1983年にはマイナーチェンジされ、ヘッドライトが角型2灯式に改められ、1985年にアルファロメオ・90に世代交代して生産中止されるまでに1万2,070台が生産されます。登場が遅きに失したため、商業的に成功したモデルではありませんでした。日本にはデビュー直後、当時の正規代理店伊藤忠オートによって、サンプル的に数台が輸入されただけで、日本のアルフェスタにもなじみの薄いモデルです。 この車で最も注目すべきは、その名前の由来でもある6気筒エンジンです。1968年に2600が消滅した後、10数年ぶりとなるこのエンジンは、改良を重ねられ四半世紀もの永きに亘って第一線で活躍、フィアット・グループ内の他メーカーに…

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アルフェッタ(ベルリーナ)

1972年、アルフェッタが新設計の中型車シリーズとして、また1960年代の主力車種1750系の後継車種として発表されます。いっぽう、1750は2000ccにエンジンを換装し、アルファロメオのトップモデルとして1977年まで継続生産されることになります。写真は、PMAのの1972年alfaromeoalfetta1.8です。 その名前は、戦前の名グランプリカー、ティーポ159アルフェッタに由来するもので、その名にふさわしく、レーシングカーや高性能車に好んで採用されてきた機構、前身5段のギアボックスをフロントエンジンから切り離してリアに移設されディフェンシャルギアと一体になるトランスアクスル方式の採用、ド・ディオン・リアクセルを採用するなど、野心的なシャシー設計を特徴とします。従来のジュリア系から引き継いだのは1779CC4気筒ツインカムエンジン(122PS)だけで、あとはすべてアルファッタのために新規開発されたものです。 当時のスポーティサルーンとして理想主義的成り立ちのアルフェッタですが、実際に路上に現われた車もシャープなハンドリングと快適な乗り心地を見事に両立し、当時のレベルを遥かに超えた素晴らしい出来の車でした。その反面、アルフェッタは当時のイタリア車に付きものの雑な工作や不十分な錆対策、更にはギアボックスからシフトレバーまで長いロッドでつなぐための不快なシフトフィーリング、エンジンと等速で回転するプロペラシャフトの振動など設計上からの固有の欠点に悩まされ続け、傑出した基本設計にも…

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アルファロメオ・ミト

欧州で2008年7月に発表されたMiToは、ピッコロ・アルファ(ベイビーアルファ)の愛称でデビュー前から呼ばれていましたが、アルファロメオのボトムレンジを担う、初のBセグメントのコンパクトカーです。名前の由来はミラノ (Milano) でデザインされ、トリノ (Torino) で生産される事から、それぞれの頭文字をとって「Mi.To」と名付けられました。「Mito」にはイタリア語で神話・伝説の意味もあります。 ミトはフィアットのグランデプントをベースとし、ボディサイズは全長×全幅×全高=4070×1720×1475mmですが、ライバルのひとつと目されるMINIと比べると、370mm長く、35mm幅広く、45mm高いことになります。国産コンパクトカーと比べても、「やや大き目なコンパクトカー」といったところでしょうか? ミトのスタイリングですが、フロントマスク全体、サイドウィンドウのグラフィックス、LEDを用いた円形テールランプなどフラッグシップスポーツカー「8Cコンペティツィオーネ」を彷彿させるディテールが盛り込まれ存在感のあるデザインかと思います。しかし一方で真正面から見た姿などは新規の女性客獲得を意識した、かなりファニーな印象も与えるデザインでもあります。ミトは均整のとれた美しい車なのか? と問われたら、多くの人が答に窮すると思いますが、ミトもまた伝統の盾型グリルを採用するなど間違うこともないアルファの車であることは確かです。 今、ヨーロッパではガソリン・エンジンの小型化+ター…

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備中・倉敷あんこめぐり

「備中・倉敷あんこめぐり」(県備中県民局、倉敷市、山陽新聞社などでつくる実行委主催)は、倉敷、総社など7市1町の48店のお菓子屋さんが参加し、各店を紹介したマップを持参し、商品を購入するとスタンプが押してもらえ、応募すれば抽選で商品券(スタンプ3個分)やオーダージーンズ(同15個分)が当たります。 ちなみに、備中国(びっちゅうのくに)は、かつて日本の地方行政区分だった国の一つで、山陽道に位置する。現在の岡山県の西部にあたります。 かつて豊かな自然に恵まれた「備中」は、北海道、丹波と並び三大産地とされ、伝統の老舗をはじめ、地元に親しまれた名店が風味豊かな銘菓を生みました。こだわりの職人が丹念に拵えた「あんこ」を味わいながら、あわせて備中・倉敷の歴史と文化を味わおうという企画です。←「備中・倉敷あんこめぐり」(のリーフレットから りっぱなHPも、ここにあります。とうぜん48個のお菓子の写真がありますが写真を見るだけでお腹が膨れそうになること、うけあいです。 わたしも、一念発起し、歩きつくそう、食べつくそうと思い、土、日に暇を見つけては訪店活動しています、甘い物の摂取過多による肥満、病気の発症には厳しい自己管理が必要です。また、買い求めたお菓子を写真に撮りためています。無事に全店回れたら、あまり見る人もいないでしょうが、アルバムにアップしたいと思います。上の写真は、倉敷阿智神社入り口横の「えびす饅頭」の店頭です。みごとに女性客ばかりです。

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アルファ33

1983年にデビューしたアルファ33は、総生産台数ではスッドに継ぐモデルですが、日本では日英自動車が僅か数台を正規輸入したに過ぎず、日本ではなじみの薄いモデルです。33の名は'77年にFIA世界スポーツカー選手権でワールドチャンピオンに輝いた33TT12と同じく、水平対抗エンジンを搭載していることにあやかったものです。写真はペゴのalfaromeo331.7IEです。 アルファ33を語る時、日本での「アルファの空白のとき」の話から始めるのがいいと思います。1963年12月から、ジュリアシリーズ、アルファスッドなど懐かしいモデルの大半を輸入販売していた伊藤忠商事(輸入元)、伊藤忠オート(販売元)が1983年に輸入車販売から撤退します。ちなみに日本で、外国の車の輸入自由化されたのが1965年(関税自由化は1978年)からですが、現在の輸入車販売の主流であるメーカーが設立した日本法人が直接に輸入・販売する形になる前の、日本資本のさまざまな業種企業がインポーターとして登場する輸入車販売の黎明期の話です。 伊藤忠に変わって1983年から変わってアルファ・ロメオを手がけたのが、文字どおり英国車の輸入販売がメインであった日英自動車(日本交通系)です。アルファ33、スッド、スパイダーなどの一部の車種を少量輸入販売しましたが、日英自動車が1985年5月にオースティン・ローバー・ジャパンになった時点で、アルファの代理権を返上したためアルファロメオの正式な輸入は途絶えます。1986年にはアルファロメオ・ジャ…

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アルファロメオ・アルナ

アルナはヨーロッパに拠点を得たい日産自動車と、収益率アップを図りたいアルファ・ロメオ社が提携し、新会社ARNA(Alfa Romeo Nissan Autoveicoli)を設立し、スッドのポミリャーノ・ダルコよりも更に南側、イタリア半島の先端近くにプラトーラ・セラ工場を建設します。日産の最新技術による生産ロボットも積極的に導入しましたが、そこで1983年から1987年まで製造・販売した小型大衆車が同社の頭文字から命名されたアルナです。 日本から輸送した二代目日産『パルサー』のボディとリアサスペンションに、イタリアでスッドのボクサー4気筒1.2/1.5ℓを搭載と変速機、フロントサスペンション組み合わせた文字通りの混血モデルです。また、アルナ1.5ℓモデルと同じ中身で、日産のグリル、エンブレムを装着した「ニッサン・チェリー・ヨーロッパ」も同じプラトーラ・セラ工場で製造され、スッドよりも更に下のクラスとして日産のネットワークで販売されました。発売当初は、アルファスッドの1166cc63馬力エンジンを持つ3ドア(L)と5ドア(SL)の2車種でしたが、翌1984年に3ドア1300ccのTIが追加され、1985年には1500ccのTIモデルも登場します。この車種は「ニッサン・チェリー・ヨーロッパGTI」としても売られます。 1986年にフィアットがアルファ・ロメオを買収したことでアルナはプロジェクト自体が頓挫してしまいますが、日産との合弁はビジネスとしては失敗でしたが、アルファロメオが日…

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アルファスッド

アルファスッドは1971年から89年まで製造、販売していたアルファロメオのボトムレンジを担う小型大衆車です。 スッドを語る場合、名前の由来でもあるイタリアの南北問題について触れずして話を進めるわけにはいけません。われわれ日本人から見れば単独国家のように見えるイタリアですが、歴史的、民族的に異なった背景をもつ南北イタリアが統一されたのは19世紀末(約140年前)のことです。北部は酪農と工業が盛んで古来から裕福でしたが、南部は農業中心で比較的未開発でした。 南北の経済的格差を埋めることはイタリアにとって重要な国家政策であったのです。アルファロメオの、親会社に当たるI.R.I.(産業復興公社)がそれまで工業従事労働機会のほとんどなかった南イタリアのナポリ近郊、ポミリャーノ・ダルコ(Pomigliano d'Arco)に小型大衆車工場を建設し、この地域の雇用を創出するプロジェクトを計画、そのための生産車種として開発されたがスッドです。。アルファ・ロメオのエンブレムには当初「MILANO」の文字が刻まれていましたが、1972年、突然エンブレムから「MILANO」の文字が消えます。ミラノ以外に工場を持ったため、ミラノの「MILANO」文字を消したのです。ちなみにSUDとはイタリア語で「南」を意味し、ミラノで生産される車はノルド(北)系と呼ばれ、区別されました。 アルファ・ロメオ初のFF市販乗用車アルファスッドは、低重心の水平対向4気筒エンジン、特にフロントはイン…

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ジュリエッタSZ

ジュリエッタ・シリーズはアルファロメオにとって未曾有の大ヒットモデルとなりますが、中で最もチューンの高いのが、SS(スプリント・スペチアーレ)とこのSZ(スプリント・ザガート)です。1959年のトリノショーでデビューしたSZはジュリエッタシリーズの最高峰というべき憧れの存在でした。コンペティションを目的としたSZはフロアパンやパワートレーンはスパイダーと共通ですが、ボディはアルミ製で、デザインと架装はザガートが担当しています。写真はバングの1960AlfaLomeoジュリエッタSZです。 SZは当時の1300ccとしては驚異的な性能を誇り、61年タルガフローリオのクラス優勝をはじめ、無数のラリーやレースでの活躍は多岐に渡っており、アルファロメオとザガートの名声を共に高める上で大きな役割を果たします。     現在、その余りにも可愛らしいスタイルから真のパフォーマンスを見逃されがちなジュリエッタSZですが、基本はあくまで強力なレースカーです。空力を優先するデザインが重要視されるようになってから、速いクルマ、強いレースカーと美しさや可愛らしさが両立し得なくなりますが、1970年代までは辛うじて両立していたのではと思います。 アルファロメオ・ジュリエッタSZは1961年の終わりまでに合計200台余りが生産されます。サーキット上でのアルファの伝統は63年に、より高度なチューブラーフレームを持つTZにバトンタッチします。 ちなみに、プライベートレーサーのドーレ.レート.…

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アルファ・ロメオジュリアスプリントスペチアーレ 

ほぼ、同じような時期に、2200mmのホイールベースを持つジュリエッタスパイダー用のシャーシーと、100HPにチェーンされたエンジンが、ザガートとベルトネーネに渡されましたが、これにスペシャルメイドのボディーを架装したのが、ジュリエッタSZとジュリエッタSSです。 フランコ・スカリオーネの空力的なボディを架装したジュリエッタSSは、いくつかの小変更を繰り返した後、1963年に1.6ℓエンジンが搭載されたジュリアSS(スプリント・スペチアーレ)となります。その流れるような流線型のボディのお蔭でスパイダー・ベローチェと同じ112PSながら、トップスピードは30km/hも高い200km/hに達しました。長距離高速トゥアラーとしての性格ゆえ、フロントガラスの前には虫除けのプラスチックスクリーンが備えられています。このスペシャルジュリエッタは好評を博し、ジュリエッタSSで1366台、ジュリアSSは1400台が作られました。写真は、M4社製のALFA ROMEO GIULIETTA SS TOY FAIR 2008 NUREMBERGです。 「グランツーリスモ4」のアルファロメオ ジュリア スプリント スペチアーレ '63です。

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アルファロメオ・2000/2600

戦後のアルファロメオを支えたアルファロメオ1900ですが誕生から10年近くが経過するとさすがに旧態化が目立ち、1958年、4ドア6人乗りセダン(ベルリーナ)である2000がデビューします。2000シリーズは、戦後初のモデル1900に端を発する4気筒DOHCユニットを、1900ベースに拡大/モダナイズを施したモノコックボディに搭載したモデルです。ホイールベースを2720mmまで延長し、サイズでは既にプレステージサルーンの領域に達していました。写真はバング製の1960年のアルファロメオ2000スプリントです。 2000ベルリーナには前モデルの1900スーペル用1975ccエンジンを圧縮比をを7.5から8.25まで高めた結果、最大出力は15PSアップの105HP/5300r.p.mとなり、ボディサイズの拡大によって1340kgまで重くなったボディを160km/hまで引っ張っぱりました。ボディは自社デザインですが、’50年代末頃のトレンドを巧みに取り入れたスタイリングには独特のエレガンスが漂います。 また同年に、2ドア2シーターのスパイダーもデビューします。2000ベルリーナのホイールベースを220mm短縮したシャシーに、第二次大戦前からアルファ・ロメオのシャシーに数多くの傑作を架装してきたミラノの名門カロッツェリア、トゥーリングのデザインによるエレガントなスパイダーボディが架装されます。スパイダーのボディーは1180kgと軽く、115HP/5700r.p.mにチューンしたエンジンとあ…

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1900M AR51

アルファ・ロメオの完全戦後型モデル、1900のパワートレーンを流用した4WDモデルが1900Mです。1949年の北大西洋条約機構(NATO)軍設立に伴い、1950年にイタリア防衛省が行なった、軍および警察用多目的車両の入札参加のために開発されました。1900Mの“M”はMilitare(ミリターレ=軍)の頭文字です。第二次大戦中に世界の戦場で活躍したアメリカのジープの影響を受けたシャシー/ボディに、1900用の直列4気筒DOHC(!)1884ccエンジンをロードクイアランスを稼ぐためドライサンプ化して搭載、副変速機付トランスミッションを介して通常は後2輪、またはトランスファーレバーの作動で4輪を駆動します。写真は、progettoK製のALFALOMEOAR51"MATTA"STRADALE OPEN1951です。 1900Mは“51年式偵察車両”として正式採用されたことから、“AR(Autovettura da Ricognizione=偵察車両)51”と名付けられ、翌1952年までに1921台が生産されます。また翌年には民生用モデルのAR52も追加され、こちらは154台が造られた。ちなみに、このモデルが一般的に“マッタ(Matta=狂った、常軌を逸したの意)”と呼ばれたのは、『どこでも走る』と大々的に歌われた当時の広告コピーが原因とも言われています。 アルファロメオに関心があり、かつミニタリー嗜好の方(そんな人がいるでしょうか?)にぴったりの車ではあります。 …

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アルファロメオ・1900

第二次世界大戦中、アルファロメオは軍需品も生産していたこともあり工場が連合軍の攻撃目標となり甚大な被害をこうむります。戦争が終わると乗用車の生産を再開しますが戦前から生産されていたモデルは戦後 3 ~ 4 年で生産を終了します。 1950 年、アルファ・ロメオにとっては初の純戦後設計モデルである1900が登場します。これまでの高品質・超高性能な車を少量生産するメーカーから、量産メーカーへの転進により、クルマ作りを 180 °変えるのを余儀なくされたアルファロメオですが、1900は中型乗用車ですがこれまでの6Cよりかなり安い価格設定とアルファ・ロメオらしい高性能と上質さで大好評を博します。写真は、M4社製のアルファロメオ 1900 TI モンテカルロ 1953 です。 6C2500シリーズでは独立懸架が採用されていたリアサスペンションは 1900で はコイルスプリングながらリジッドに戻されるなどコストを意識した設計が見受けられますが、フロントにはダブルウイッシュボーン、アルファ・ロメオとしては初めての経験となるモノコックボディの採用、4気筒のシリンダーブロックの上にはアルミ製のDOHCヘッドが輝くなど、やはり世間一般の実用サルーンと血統が違うことは明らかであり、当時の2リッター級サルーンとしては、世界最速車の一つです。 1950年のデビュー当初は、1884ccにシングルキャブレターで80PSのベルリーナのみでしたが、1951年にはキャブレターを2基に増設、100PSまで…

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四国自動車博物館

四国自動車博物館にALFA ROMEO Giulia TZ1を見に行ってきました。2005年7月の自動車雑誌「カー・マガジン」の取材時にはTZ2も合わせて展示してあったようですが、今はないそうです。 四国自動車博物館の入り口を示す看板のイラストはTZ2のようなので、TZ1とTZ2はまさに2枚看板だったのでしょう。ほんとうに残念です。それでもTZ1はりっぱな1枚看板だと思います。 四国自動車博物館に展示されている車は、カー・マガジンの表紙イラストを飾る車、車に関心ある人が気になる車が多いです。名古屋のトヨタ博物館の展示車は質と量ともに圧巻で百科事典を見るような気持ちになりましたが、四国自動車博物館の展示車は動くか動かないかわからないようなクラシックカーでもなく、また合理的な今風の車でもない、車好きが懐かしく感じることができる国内外の名車たちのラインアップだと思います。実際にはミリオネアのコレクターズアイテムばかりで、実車を見る機会がほとんど無い世界的にも貴重な車ばかりです。ちなみに同博物館はネッツトヨタ南国が運営しています。トヨタの文化活動はすごいと思います。 展示車の写真撮影とブログにのせる「OK」をいただきましたのでUPしました。アルファロメオは次の4車種です。 ALFA ROMEO Giulia TZ1 AlfaRomo155V6TI 1993年、ドイツツ…

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モントリオール

アルファロメオモントリオールは、1967年モントリオールの万国博覧会に出展されたことからこの名が付いたアルファロメオのGTカーです。これはアルファロメオ・ジュリアの1600ccのエンジンと車台を使用する2+2クーペで、ボディーがベルトーネのマルチェロ・ガンディーニによって設計されています。1964年に発表されたデザインモデル・カングーロの影響が散見されるともいわれています。量産車は1970年のジュネーブモーターショーで発表されました。 ちなみにモントリオールの次に万博が開かれたのが大阪で1970年のことです。日本を覆いつくした空前のスーパーカーブームが起こったのが1970年代の始めの頃のことであり、高度成長期もそろそろ終わりに差し掛かかろうかという頃の話です。モントリオールがスーパーカーとして扱われたこともあったようです。当時を知らない世代の方も増えていますが、懐かしく思いだす人も多いのではないでしょうか?写真はPMAのalfaromeomontreal1973年です。 搭載されたエンジンはGiulia系の4気筒DOHCではなく、Tipo33のV8エンジンをデチューンしたものを実用性を高めるため、フロントに搭載していますが200hp/6500rpmの出力を誇り、最高速度は220km/h以上に達していました。当時の量産アルファロメオでは最速を誇っていました。アルファ・ロメオのV8エンジンを味わえるのは、現実的にはこのモントリオールだけなので、ヒストリックアルファの中でもこのモント…

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TZ/TZ2

様々なレースの1.3リッタークラスをジュリエッタSZで戦ったアルファロメオですが、ひと回り大きい1600ccのジュリアが誕生すると、コンペティション・ユース主体の顧客の中からもSZより一層高性能な車への要求が高まり、その声に答えるべく1962年のトリノ・ショーでデビューしたのがTZです。 TZはGTカテゴリーのホモロゲーションを取得する為に1963年から64年にかけて120台(諸説あり)が生産され、SZとともにアルファの伝説的な存在となっています。写真は、上が1964年AlfaromeoTZ1LEMANS(ベスト)、下が1965年alfaomeogiuliaTZ2(PMA)です。 「TZ」は、Tubolare Zagatoの略称でTubolareは"鋼管"を意味します。そのチューブラーフレームシャシーは他のジュリア系量産車とは全く異なり生産性が低く、非常にコストの掛かるレーシングカーの手法そのものであり、SZ同様にザカートがデザインしたアルミニウム製ボディーを架装します。搭載される1.6リッターエンジンはウエーバー製ツインキャブを装着、9.7:1の圧縮比から112HP/6500r.m.mの最高出力を発揮します。総重量660kgの軽量ボディーとあいまって、最高速度は216km/hに達しました。 この高性能にはテールを切り落としたような「コーダ・トロンカ」ボディーも空気抵抗を減らすために貢献していました。ボンネット上に設けられたエア・インテークはオリジナル・デザインには無…

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1750/2000ベルリーナ

アルファ・ロメオの最上級サルーンである2600(6気筒)のカタログ落ちが決定されると、ジュリア・スーパーのアッパークラスに相当するモデルが待望され、マーケットのリクエストに応えるかたちで1968年、1750ベルリーナが発売されます。ジュリア・スーパーのモデルチェンジではなく、併行生産というかたちでした。ジュリア系ベルリーナの記事で簡単に触れましたが、アルファロメオ1750ベルリーナには、ジュリアの名こそつかないもののウインドウスクリーンをはじめ多くのパーツをジュリアと共用する、実質的にはジュリア・スーパーのストレッチ・バージョンでした。上の写真は、フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』にあった2000ベルリーナの画像です。 ベルリーナのみホイールベースが2350mmに延長され、ベルトーネにより美しくシンプルな、ジュリア・スーパー系を引き伸ばしたようなデザインのボディーを与えられ上級感を演出しています。またベルリーナのエンジンはボア×ストロークとも延長した1779cc4気筒アルファツインカムエンジンですがレブリミットは7000 rpmから6000 rpmに下げられ、セダン用に低速域で扱いやすいよう改善されています。本来であれば「1800」の名前がふさわしいのですが、戦前の名車にちなんで「1750」と呼ばれました。このへんの事情はスプリントやベルリーナと同様です。室内はホイールベースの延長もありスーパー以上に広く、またトランクルームもボクシーなボディーのおかげで広大でした。175…

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ジュリア・クーペ

1963年、TIから遅れること1年でジュリアの2ドア4座クーペ、ジュリア・スプリントGTがデビューします。全長4076×全幅1587、ホイールベースはセダンより160ミリも短い2350ミリというコンパクトな外寸の中で、フル4シーターの実用性とジウジアーロによるスタイリッシュなクーペならではの流麗さを両立させたデザインは現在も多くの人々を魅了しています。エンジンは基本的にはジュリア1600スプリントと同じDOHCですが、9:1の圧縮比とツインキャブにより106HPの高出力を得、セダンより軽い(950kg)車体をセダンより15km/h上回る180km/hまでひっぱることができました。(上の写真はAUTOart製1967年1750GTVを使用しました) ベルリーナ同様、車種体系はなんども整理されていますのでジュリア・クーペの変遷を年代を追って見てみます。 ・1964年、スプリントGTCがスプリントGTの最初のバリエーションとして登場します。「C」はコンバーチブルまたはカブリオレを意味しています。カロッツェリア・トゥーリングがオープンに改造したモデルで、スパイダー(デュエット)系が登場するまでの約1年間に1,000台程度が生産されました。 ・1966年にスプリントGTがなくなり、109馬力となってトルクも増強された高性能版のスプリントGTV(Veloce)に発展します。ちなみにVeloce(ベローチェ)は早いを意味します。フロントグリルは、スプリントGTでは、細かい横桟でしたがGTV…

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ジュリアTI/TIスーパー/スーパー

ジュリアベルリーナは「醜いジュリア」のニックネームで親しまれていますが、実は本格的な風洞実験が施されたこの当時では極めて珍しい空力テクノロジーが導入された世界最初のサルーンでした。そのボクシーなスタイルとともに、フロントグリルの大小一対になった異型4灯ライトと伝統の「アルファの盾」の組み合わせがクラシカルで印象的です。今も昔も美人(きれいな車)の定義については大いに議論が分かれるところでしょうが、個性溢れるジュリアの姿は40年以上を経た今もなお、色あせることなく多くのファンをひきつけています。 ベルリーナ生産の17年間の流れを、年代を追ってまとめてみました。製造年月とか、製造台数等諸説がある事項もあります。また間違った記述があればご指摘ください。訂正しますのでよろしくお願いいたします。 ・1962年、最初のジュリアである4ドアセダン、TIが誕生します。TIは、1570ccのエンジン(ジュリエッタのボア4mm、ストローク7mmの拡大判)とシングルキャブの組み合わせで92HPを発生し、最高速は165km/hに達しました、当時の4ドアセダンとしては十分に高性能でした。このモデルは1967年まで生産され、7,1000台あまりが生産されたと記録されています。 ・1964年、ジュリエッタから引き継いだDOHC1290ccのシングルキャブエンジン(78HP)を搭載した、燃費と経済性にすぐれた1300が登場ます。販売台数的にはこちらが主流でした。1300はヘッドライトが4灯から2灯タイプに変…

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ジュリアの系譜(105・115系)

ジュリアは1962年の誕生いらい、10年あまりの間に100万台を生産しますが、アルファロメオにとってジュリアの時代は、ひとつの頂点であったことは異論はないでしょう。戦後、ジュリエッタ(101系)によって量産メーカーへの転身を確固たるものにしたアルファロメオですが、年間生産台数1万5000台程度の小規模なスペシャリストから、、年間生産台数10万台(69年)規模の量産メーカーに成長する原動力が次に登場したジュリア・シリーズです。シャーシー・ナンバーが105から始まり通称105系と呼ばれますが、機構的には、ジュリエッタ(101系)のものをほぼそのまま踏襲しています。たとえば、エンジンについてはジュリエッタのボアとストロークの拡大版ですし、足周りを含めたシャ-シー・レイアウトも、基本的にはジュリエッタのものを踏襲しています。伊藤忠オートによってスプリントGTが輸入されたのが1963年12月のことであり、日本でアルファロメオが認知されたのはジュリア以降の話です。 「ジュリア」は、それまで販売されていた「ジュリエッタ」(1.3リッター)のお姉さんという意味から名づけらた名前です。アルファロメオの1.6リッタークラスの車を総称して、「ジュリア」と呼ぶことが多いのですが、ジュリア・スプリント、ジュリアセダンTI、ジュリアスパイダーの3種類のモデルがありました。アルファロメオの1.6リットル直列4気筒エンジンは、当時の多くのエンジンがまだOHVだった中で、いち早くDOHC方式を採用しておりシリンダーブロッ…

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アルファロメオ1600JUNIOR Z

ミニチャンプス製アルファロメオ 1600 JUNIOR Z 1972 イエローのミニカー(品番:436120720)です。5月20日前後の発売です。 ジュニアZは、1969年のトリノ・モーターショーでヒット作であったジュリアGT系のスペシャルモデルとしてデビューします。ジュニアZの「Z」はいうまでもなくカロッツェリア・ザガートのイニシャルです。いわば1300GTジュニアのザガートボディ・バージョンですが、従来のザガート製アルファロメオ(ジュリアTZ・ジュリエッタSZなど)と異なり、レース出場を目的としない純粋のロードカーとして設計されています。ちなみに、1989年に登場するSZ(RZ)がザガートが関与する最後のアルファです。 アルファ4気筒ツインカム1.3リッターエンジン(89HP/6000rpm)は5段ギアボックスとともにジュリア系ショートシャシー(ホイールベース2250㎜のスパイダー用)に乗せられ、2座クーペボディを架装した970kgのジュニアZを、0~400mを18.9秒、175km/hまで引っ張ります。1972年、小変更と同時にエンジンを1570ccに拡大し1600ジュニアZに発展します。 ジュニアZは、当初からジュリアの部品を流用して大量生産が予定されており、カロッツェリアの近代化路線(デザインのみではなく少量の特殊なモデルの生産委託を全面的に引き受ける)の結果、ジュニアZはこの種の車としては異例に多い、1510台(1975年までに1300が1108台、1600が402…

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サークルKサンクス限定アルファロメオ

過去の話ですがサークルKサンクス限定で京商製1/100スケールのアルファロメオがおまけとして出回りました。多くの方が、フルコンプするかとりあえず「赤」だけにするか迷われたかと思います。おまけとしてはなかなかの質感だと思います。今日、ミニカーを整理したおりまとめて写真を撮りましたのでアップしました。わたしは缶コーヒーとかは、あまり飲まないほうなのでコレクションを見るたびに購入時の複雑な思いを思い出します。 サークルKサンクス( 1:100 Scale)歴代アルファロメオミニカーコレクション=8車種24種類 期間:2007年1月22日(月)~ 内容:伊藤園お~いお茶緑茶ホット/カルピスほっとレモン/コカ・コーラ紅茶花伝ロイヤルミルクティーホット/サントリー リプトンリモーネホット/コカ・コーラ ジョージアカフェエスプレッソ/サントリー ボスレインボーマウンテン/ アサヒ ワンダモーニングショット /キリン ファイア挽きたて微糖1本に1個。 ■Giulia GTA 1300 Junior 1968 ■Giulia T.I 1962 ■1750 Spider Veloce 1970 ■S.Z 1991 ■156 1997 ■Brera 2005 ■33 Strade 1968 ■147 GTA 2002 パート2 サークルKサンクス( 1:100 Scale)歴代アルファロメオミニカーコレクション=6車種18種類 期間:2009年4月14日(…

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ああ、岡山弁!

上(左)のポスターは日本観光ポスターコンクールに入賞した岡山県の備中地域の観光PRポスター「でぇれー ぼっけーもんげー」です。ちなみに「でぇれー ぼっけーもんげー」は〔すごい〕の原形、比較級、最大級で「すごい」、「す、すごい」、「すす、すごい」の意です。 フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』に詳しい説明があります。 「でーれー」「ぼっけー」「もんげー」は程度を表す形容詞・副詞。「とても」「すごい(すごく)」等の意味で使う語で典型的とも言える岡山弁。 ・でーれー=「どえらい」が中国方言音便により変化したもの ・ぼっけー=老人などが「ぼっこう」と発音する。昔からよく知られた岡山弁 ・もんげー=「ものすごい」が省略と音便により変化したもの 以前読んだ岡山弁に関するエッセー(題名不詳)の話ですが、「私は郷里の岡山に帰るたびに岡山弁の汚さにうんざりする。電車の中で女子高生が「~じゃ」とか「~けー」とか「~なぁ」とか楽しげに大声で話しているのを聞くと、百年の恋がさめるわけではないがまことにがっかりする」という一文を読んだことがあります。 またフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』から引用させていただくと ・じゃ=断定の助動詞。年齢・性別・職業などを問わずほぼ全ての層で用いられ、岡山弁を特徴付ける大きなポイント ・~けー、~けん=「~から」を表現する。関東方言はもちろん、近畿方言でも用いられることはなく、中国方言を特徴づけるポイント …

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キウイの置物を購入しました

4月1日は新年度、新学期、新社会人のように新しいスタートを切る人が多いと思います。わたしにとっても今日は新たなスタート、特別な日なのでなにか思い出に残るものを購入しようと思い、以前紹介させていただいたSHOPNEWZEALAND(過去記事)でキウイの置物を購入しました。 海外通販ということで心配でしたが無事届きました。フエルトでエプロンを作って撮影したのが上の画像です。ちょっと物思いに耽っているようでかわいいと思います。ちなみにこのキーウィーバードはパームの葉から作られており、中庭やお家の中のインテリアに最適でそうです。 現地通販サイトの説明によると、「キーウィーには小さな翼がありますが、飛ぶことができません。雄(オス)は卵に座り暖めたり、小さな子の世話をします」と書いてありました。もっかのところわたしのお気に入りです。

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PEGO(made in china)

ALFAROMEO145と146に書いてあるのロゴの「PEGO」についてですが、メーカー名「PEGO」社なのか、既存メーカーのブランド名「PEGO」なのか不明です。購入店の店長さんも不明とのことなので、箱に記載されたURL(www.pegoitalia.it)をたよりに調べて見ましたが結局わかりませんでした。ある国内ミニカー通販サイトではメーカー名:PEGOと書いてあります。またある外国ミニカー通販サイトではALFA ROMEO145-PEGO/PROGETTOKと書いてあるのでPROGETTOKのブランド名のようですが・・・ 品番で見るとPROGETTOKは、「PK×××××」(←×は3けたから5けた)ですが、PEGOは「PG××××」(←×は4けた)で非常によく似ていますのでPROGETTOKの製造品だとは思うのですが・・・。 ALFAROMEO145と146を見るとミニカーの作りは、PROGETTOKはこんなものか?と思うのですが、箱の作り(すでに小じわ入り)や背景用のバックボード?がセロテープ留めだったりして残念でした。 最近は、ミニカーやフィギュアもMADE IN CHINAが多くなり、中国以外で製造するメーカーが極めて少なくなりました。中国製が悪いのではなく、生産管理や検品をキチンとやれていないのだと思います。一時期、評判の良かった「SPARK」も最近はデカール貼り等にむらがあり「?」という話を聞くと残念です。15000円以上の高額モデルでしか品質が保障されな…

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ALFAROMEO145&146

長年欲しかったALFAROMEO145と146(PEGO)のミニカーを偶然店頭で見つけました。ALFAROMEO145は1994年に発売されたアルファ・ロメオ社としては久々の3ドアハッチバックで、33に代わって同社のボトムレンジを担うモデルでした。エンジン排気量は1.3Lから2.0Lまで多種ありエンジン型式も水平対向4気筒OHC、水平対向4気筒DOHC、直列4気筒DOHCエンジン、4気筒ターボディーゼルエンジンと多様で前輪を駆動します。145はアルファ・ロメオの正規輸入元であるフィアット&アルファロメオ・モータース・ジャパンにより、1996年から輸入が開始されましたが、スポーツモデルにあたるクワドリフォリオ(2.0L直列4気筒DOHCツインスパークエンジン、右ハンドル、5速MT)の1グレードのみの輸入でした。ちなみにクワドリフォリオとは、伝統的にアルファ・ロメオのスポーツモデルに与えられる名称で、ボディに四葉のクローバーを模したバッジが貼られます。1999(H11)年9月、 145にフロントマスクを中心としたマイナーチェンジ が施されました。フロントバンパーがボディと同色に、また両ヘッドライトの間にあるフロントパネルのスリットを新デザインに、またフロントにスカートが追加されています。さらにリアバンパーをボディ同色としたほか、リアルーフスポイラーを標準装備として追加したりリアのリフレクターランプなどのディテールまで細部の見直さしがなされました。145は試乗もして欲しいモデルでしたのでマイナー後の迫力…

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アルファロメオ1561997ポリス仕様

ミニチャンプスからアルファロメオ1561997ポリス仕様が発売されています。日本人にとってパトカーといえば、白と黒(いわゆるパンダカラー)の車体に赤いパトランプがついたクルマです。。ミニカーにも警察車両シリーズがあり、ご当地○○県警シリーズとか様々なバリエーションがあり、コレクターにはたまらないアイテム?になっています。スピード違反の取り締まりでは、あまりお世話になりたくないパトカーですが、ミニカーのパトカー人気は別のようです。 世界中には色とりどりのデザインのパトカーがあります。しかも国によってカラーリングが違います。ドイツのパトカーは、ほとんどが緑と白に青いパトランプというデザインです。車体全体が緑のものから、緑と白のツートンになっているものとさまざまなバリエーションが楽しめます。ちなみにドイツ語で警察は、POLIZEIといいます。ドイツで最も標準的な警察車両といえるのがCクラスのパトカーですが、ベース車両が156というのはは耐久性とかメンテナンス性で、あまり警察車両向きではないと思うのですが、レア物であることは確かだと思います。ドイツは、ミニチャンプスやシュコーなどミニカーの有力ブランドが集まっており、そのためパトカーのミニカーもかなり豊富です。 パトカー仕様のミニカーについては、ミニカーの目利きを極めるに詳しく書かれていますので興味のある方は参考にしてください。 Vol.010/誰でも作れる覆面パトカー(簡単パトカーカスタム術) Vol.026/世界のパトカーセレクション【…

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ミニチャンプスから1/64スケールの新シリーズが発売決定!

ミニチャンプスから2009年発注書(その2)が届きました さっそくアルファロメオを予約しようとリストを見ましたが、下記の2点が追加されただけのようです。あまり、魅力的とも思えず、今回も見送りにしました。今は予約しないでもまず、購入できますし・・・ 400511203アルファロメオ159C.SANESIイギリスGP19516位 1/43\5,000 100120501アルファロメオGTA1300ジュニア1972(ホワイト) 1/18\11,000 今回の追加分は、予約締め切りが2月23日から25日までとなっており、出荷時期もまちまちです。 今回の目玉は、ミニチャンプスから1/64スケールの新シリーズが発売決定されたことです!今年はストリートカーシリーズ(18アイテム)各1400円とポルシェレーシングシリーズ(12アイテム)各1800円がリリースされる予定です。アルファロメオはストリートカーシリーズの以下の2アイテムです。 640120520アルファロメオ 8C コンペティツィオーネ 2003 レッドM(4~6月) 640120530アルファロメオ 8C スパイダー 2007 レッド(7~9月) ストリートシリーズにはメルセデスベンツ、ベントレー、ポルシェ、フィアット、アウトンマーティン等もラインアップされており、順次、車種が増えることが予想されます。これからコレクションを始める人にとって、値段の手ごろ感、保存場所の心配が少し減る等で、気になるシリーズではないでしょうか…

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アルファロメオ GTV 2003 ブルー

アルファGTVは、80年代のアルフェッタGTV6以来のスポーツクーペとして、1994年のパリ・オートサロンでデビューしました。916型GTVはフィアット・ティーポ系(155と同様)のプラットフォームを流用していますが、リアサスペンションを新設計の専用マルチリンクとすることによって優れたハンドリングを実現した、FF高性能スポーツカーです。エクステリアデザインはピニンファリーナが担当し、独立した小さな4つのライト、サイドラインで強調された極端なウェッジシェイプ、非常に短いリアオーバーハングなどGTVであることが遠方からでも認識できるデザインで、今みても古臭さを感じさせません。 上の写真はミニチャンプスから最近発売されたマイナーチェンジ後の2003年モデルです。GTV を手がけたピニンファリーナによってフロントデザインがマイナー後の「147」、「156」や、本国で発表されたニュー「156」=159のイメージに合わせて一新されています。フロントの盾型グリルはボンネットからバンパーまで縦に貫き、ブレラ顔とも呼ばれていました。横の写真は同じくミニチャンプスの2004年モデルの色違い(赤)モデルです。マイナー前のモデルは残念ながら持っていませんので、機会があれば追加したいと思います。 アルファ GTV は1996 年 1 月より日本での販売が開始され、当初 は2.0リッターV6ターボでしたが、1998年10月に3.0リッターV6NAエンジンに移行、さらに 2003 年 7月のビッグマイナ…

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アルファロメオ GTV61983 レッド

ミニチャンプスからアルファロメオGTV6が発売されました。「 GTV6」のモデル名ですがミニチャンプスはアルファロメオ GTV6と表記していますが、プロゲットKはアルフェッタ GTV6 と表記しています。自動車の名前やグレード名は、生産国と輸入国で違うとか年式によって違うとかいろいろありますが、どちらが正しいとか簡単にはいえないと思うのですがよくわかりません。個人的にはアルファロメオGTV 3.0V6と間違わないようにするために、アルフェッタ GTV6 と呼んだほうがいいと思います。 ちなみにPROGETTO K(プロジェットケー) は、人気車種や定番の車は出さず、自国のヒストリックカーを中心にリリースしているイタリアのメーカーですが、MINICHAMP(ミニチャンプス)は 1990年にドイツで誕生したポールズモデルアートのブランド名で日本も含め各国の人気モデル(自動車に限らずオートバイ、そして戦車を中心とした軍用車両も)をモデル化している総合モデルブランドです。 1972年5月、アルファロメオはDOHC直列 4気筒1800ccエンジン搭載セダンのALFETTA(アルフェッタ)をを発表します。アルフェッタはイタリア語で「小さいなアルファ」を意味し、俗に116系と呼ばれます。セダンが発表された2年後の1974年5月,セダンのシャーシを使いながらホイールベースを110mm詰め、G・ジウジアーロがデザインしたボディを載せたクーペモデルが発表されます。アルフェッタGTです。1975年にセダンに…

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東京男性の3人に1人は主夫願望

平成20年11月に、東京、大阪、愛知、北海道、福岡の5都道府県に住む20~50代の既婚男女2080人を対象に、インターネットを通じて家事検定実行委員会が行った「家事力調査」によると、専業主夫になってもよいか?との質問に対し、29.5%の男性が「そう思う(ややそう思うを含む)と回答したそうです。主夫の受け入れ度が一番高かったのは「東京」に住む男性で31.2%、3人に1人は主夫になってもよいと考えているそうです。厳しい経済環境の中でストレスと戦いながら仕事に従事している人、仕事に不平や不満を感じている人、時間に追いかける日々を送りながら自分を見つめ直したいと考えている人が、「主婦がうらやましいなあ」と考えても不思議ではありません。男はつらいよ!寅次郎です。 (専業主婦が楽だ」とは言っていませんので誤解されないようお願いします) では実際に男性はどのくらい家事をしているかですが、東京の40代男性は1日平均69.8分家事を行っており、ほかのどの地域・年代と比べても、断トツに長いことが分かったそうです。「東京女性の有職率が50%と最も高く(平均42.1%)、東京は共働き世帯が多い。こうした状況も影響し、東京の40代男性も仕事だけでなく、家事を行う時間が長くなっているのかもしれない(同)と分析されています。家事に費やす時間の長短はあっても、家事の分担は当たり前で、もはや男性の協力無くして家庭生活は成り立らないのではないかと思います。 では、女性のみなさんはどう思っているのでしょうか?「男性が家事…

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あまり役にたたないイタリア語

日本でも、結構多くのイタリア語が使われていますが特に多いのは料理・ファッション・車・スクーター・音楽・サッカー関連ではないでしょうか?比較的一般的な車に関する(と思う)イタリア語を挙げてみました。 ※イタリア語を元にした造語は省略したつもりです。スペル、意味等の間違いがあれば指摘していただければうれしいです。記載は順不同です。 全般 Macchina(マッキナ)→車 Carrozzeria (カロッツェリア)→車体。自動車(四輪車)製作所 Competizione(コンペティツィオーネ)→レース・サーキット仕様 Stradale(ストラダーレ)→ストリート仕様 Berlina(ベルリーナ)→4ドアセダン Sprint(スプリント)→4座クーペボディ Spider(スパイダー)→オープンボディ GT(Gran Turismo(グラントゥーリズモ)の略)→高速で長距離走行向き自動車 GTA→Aは「軽量化」を意味するAlleggeritaの頭文字でスポーティグレード GTV→Vは「より速い」を意味するVeloceの頭文字でGTの上級グレード GS(Gran(グラン) Sport(スポルト)の略 )→偉大なスポーツ SS(super(スーペル) Sport(スポルト)の略)→スーパースポーツ TI(Turismo Internazionaleの略)→仕様や装備が最もスポーティなグレード Quadrifoglio(クアドリフォリオ)→四つ葉のクローバー。スポーティなグレー…

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ボンドカーとアルファロメオ 159

ボンドカー(Bond vehicles)とは映画、007シリーズに登場して、主に主人公のジェームズ・ボンドが運転する自動車を指します。シリーズ第3作『ゴールドフィンガー』で、MI6の秘密兵器開発主任である「Q」により開発された色々な秘密兵器が搭載された車(アストンマーチンDB5)が初登場し、以降の作品の目玉となります。ボンド自体は,イギリス秘密情報部のエース諜報員らしく英国車趣味(MI6の払い下げアストンマーチンDB5がプライベートカーとして登場)のようですが,ボンドカーは注目度が高いために、1970年代以降は高額な契約金を元にタイアップ契約をした契約先の売り出し中の車種を使用する例が多いようです。 ミニカーも「ボンドカーシリーズ」がミニチャンプスをはじめ各社からでており、パッケージが特別製であったりします。ボンド好きかつミニカー好きを対象とした企画物と思われますが、ミニカー自体は通常品と変わらないものが多い?ので個人的には?です。 写真は、予約していたアルファ 159 ti (007ボンドカー 慰めの報酬モデル)です。 ブラック というより、青みがかったエナメル塗装を思わせる微妙にぬめり感のある不思議な塗装色(パッケージ色に近い)をしています。同時発売でアストンマーチン DBS( 007ボンドカー 慰めの報酬モデル)も出ましたが実写と同様、159の負けだと思います。もっとも車格も価格も違うのであたりまえといえばあたりまえですが・・・

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アルファロメオジュリエッタスプリント1954シルバー

アルファロメオジュリエッタスプリント 1954シルバー が2008年11月末にミニチャンプスから発売されました。2008年6月発売予定の年間予約モデルだった思います。同じミニチャンプス製アルファロメオジュリエッタスプリント 1954ライトブルーが2008/12/07の記事とアルバムの「アルファのミニカー」にありますのでよかったらそちらもご覧ください。 第二次世界大戦後,アルファロメオはアルファを国有化した国の意向により高品質・超高性能な車を少量生産するメーカーから、量産メーカーへと転換を図ります。1900 シリーズ(1950 年から)成功に勢いをつけたアルファロメオは1954 年、より排気量の小さい小型車 (1300 cc)、ジュリエッタ・シリーズをデビュ-させます。ジュリエッタはこのスプリントが最初に登場し、以後にセダンやスパイダー等々一大シリーズを形成します。そういう意味でジュリエッタは大成功した記念すべきモデルです。ジュリエッタのベルリーナとスパイダー、「SS」(Sprint Speciale)、「SZ」(Sprint Zagato)については別の記事にしたいと思っています。 ジュリエッタスプリントは、ベルトーネ(デザインはフランコ・スカリオーネ)によるスタイリッシュなクーペに小排気量ながら伝統のツインカムエンジンを搭載し、トップスピードが 160 km / h(スプリント)という、当時としては驚異的な性能でアルファ・ロメオ愛好家のみならず世界中のモータリストを熱狂させました。ジ…

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アルファロメオスパイダー2.0 1983 (Red)

1/43 アルファロメオ スパイダー 2.0 1983 (Red)が ミニチャンプスから発売中です。大ヒットを記録したジュリエッタスパイダーの元であるジュリエッタがジュリア系に進化したのに伴いオープンカーであるスパイダーもジュリアをベースとしたものにモデルチェンジしました。これが、1966年に登場したスパイダーデュエットです。ピニンファリーナによりデザインされ、1992年までの26年間ピニンファリーナの工場で依託生産されました。 ジュリアが1970年代になってアルフェッタになって、さらに1980年代にアルファ75になってもスパイダーだけは基本的にはリアの部分を小修正しただけでスパイダーは生産を続けました。寿命の長さはシリーズ随一です。ミニカーも各社から出ていますので、メーカーによるディテールの違いはもちろんですが、年代による違いを見つける楽しみもあります。1967年アルファロメオスパイダー1750(makeuplsj)がアルバムにあります。よかったらあわせてご覧ください。程度のいいスパイダーがあれば今でも購入したいと思う車です。 1966 - 69/DUETTO デュエット Series1 デュエットというペットネームは一般公募で採用されましたが、大手製菓会社からクレームをつけられ(商標権を主張)、正式にアナウンスされる事もなく消えて行きました。50年代末に発表された空力スタディから発展したスタイルは、「オッソ・ディ・セッピア(烏賊の甲)」の愛称で呼ばれることもあります。1968年に17…

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「札幌の二度泣き」と「岡山の二度泣き」

「札幌の二度泣き」ということばがあります。札幌に転勤を命じられた時は、都から遠い北辺の地に流されるかのような寂寥感や悲壮感で泣き、数年を札幌で過ごし、他都市への転勤を命じられた時には、よそ者をも受け入れる温かい人情に包まれ、快適な生活を送ることのできた札幌のまちへの離れ難い思いで泣く。北の都の懐の広さ、鷹揚さ、温かさが偲ばれます。 一方、「岡山の二度泣き」なることばが、巷間で話題になっていたことがあります。岡山に転勤を命じられた時は、イメージが希薄で全国的な認知度が低く、どのようなまちか見当がつかない不安感と未知の地への期待感を織り交ぜながらやって来るが、いざ住んでみるとビジネス上のクレームの多さ、公共交通機関利用時のマナーの悪さ、よそ者に対する冷淡さなどの保守的、利己的、排他的な風土に泣き、他都市へ転勤を命じられた時には、よそ者には住みにくい岡山のまちから離れられる嬉しさで泣くというのです。(岡山市総合政策審議会平成13年5月29日中間答申から) 大宅壮一氏から岡山県人の理論好き、排他的、悪賢い、冷淡、燃えない、利己的な面を捕らえ、「日本のユダヤ人」と言われるにいたっては、岡山県民として県民イメージの悪さに困惑してしまいます。なぜ県外の人からそのように思われるかですが、気候が温暖で、高梁川、旭川、吉井川という大きな河川があるため水にも恵まれ、自然災害が少ないため飢饉になることが少なかったため集団で力を合わせたり助け合う必要が無かったので独特の県民性が形作られたとする説がもっともらしい…

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キウイのたまご

あまり、更新する機会がないキウイねたです。今日、スーパーで「キウイのたまご」なるフルーツを発見しました。ネーミングとどんな味がするのか興味津々でつい買ってしまいました。このキウイのたまごの皮には毛が無くすべすべしており、重さはおよそ30~35グラム、なんと普通のキウイの3/1ほどです。 香川県産のキウイのママから品種改良によってかわいいたまごがうまれたと添え書きに書いてあります。 同じく書かれていたロフィールです。 商品名:キウイのたまご 品種名:香粋(こうすい) 生まれたところ:香川県農業試験場 育ったところ:島田さんちのキウイ畑 キウイのたまごは一昨年に完成したばかりの新品種だそうでまだ新しいこともあって出荷量は少ないそうです。ネットで調べると通信販売もしていますし、スーパー等で目に止まることがあれば一度食べてみてください。味はキウイそのもので甘みは少し強いです。

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ミニチャンプスのメーカー品番

左の写真はわたしが以前買ったミニチャンプスアルファロメオジュリエッタスプリント 1954ライトブルーでメーカー品番は403120403です。ちなみに2008年11月末にミニチャンプから発売されたルファロメオジュリエッタスプリント 1954シルバーのメーカー品番は400120400です。 ミニチャンプスはメーカー品番を見たらモデルの内容がある程度わかります。例えば、頭の番号は4×だと1/43スケール、1×で1/18スケール・・・とスケールが判る仕組みになっております。メーカー品番については、こだわる大人のための趣味と生活のポータルサイトの必読! 品番解読マニュアル Part.1【Minichamps・京商・Ebbro】を参考にしてください。 ジュリエッタについては別記事で触れる予定です。

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アルファロメオ8C2900Bルンゴ

 ミニチャンプの予約商品です。1935年の8C2900Aに端を発する8C2900シリーズは、ブガッティT57SCと並ぶ第二次大戦前の世界最速スーパースポーツです。エンジンはティーポB用の8気筒DOHCをダブルチャージして180馬力を発生、シャシーはティーポCの4輪独立懸架を使用したモデルです。2900Bはホイールベース2800mmの“コルト(短い)”と、3100mmの“ルンゴ(長い)”が用意され、コルトは20台、ルンゴは10台の製作に留まります。後傾したフロントグリルと長いボンネットの古典的なスポーツカーの美しさをミニチャンプが見事に再現しています。クラシックアルファはミニチャンプ製が一番好きです。70年も前に生産されたとは思えない性能と美しいデザインにただただ感心するばかりです。 同じミニチャンプからライトブルーの同車(アルバムに写真あります)がすでにリリース済みです。今日入荷したとの連絡を受け取りにいったのですがこの車は黒が似合うような気がします。 予約されなかった人でこのミニカーが欲しい方は通販サイトやミニカー小売店をこまめに探すと今は在庫があると思いますので問い合わせされてはどうでしょうか?

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ミニチャンプスのミニカー

完成度の高いミニカーを作ると言われているミニチャンプスですが、以前紹介させていただいたこだわる大人のための趣味と生活のポータルサイト「サイドリバードットコム(sideriver.com)」にもVol.029/「ミニチャンプス」【コレクターを納得させる信頼の品質】に紹介記事があります。繊細かつ的を射たディテールとプロポーションの再現、美しい塗装等、全ての要素が高次元で絶妙にバランスしていると言われているミニチャンプスですが、ミニカーショップで聞いた話とわたしの個人的な感想について書いてみます。 ミニチャンプスには200×年度新製品案内(年間予約)の制度があります。年間を通しての発売計画が年初にわかるのは便利でありがたいのですが・・・。通販サイトで、ミニチャンプスの予約を受けているサイトがありますが、取り扱い方が微妙で注意書き付きです。入荷する台数が予定していた予約数に満たない場合が御座います事をご理解頂きたいと思いますとか、あくまでも発売予定商品ですとか、必ずしも当該年内に発売されるとは限りませんとか、キャンセルはお受けできません等々書いてあれば、リストを目の前にしても予約したほうがいいのか悪いのかなかなか判断できません。イメージフォトとかノーイメージではなくせめて実物の写真を見て購入したいと思います。予約しても確実に手に入らないなら予約の意味がないとわたしは思うのですが。上の写真は年間計画にあったアルファロメオ GTA 1300 ジュニア ハマラ 1972 (11月20日以降発売済)です。 …

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ミニカーとタンポ印刷

タンポ印刷とは、たとえば社名やロゴをを立体感のあるもの(ボールペンのような)に印刷するためのの技術ですが、ダイキャストモデル製造にも取り入れられて精度の高いミニカー作りに貢献しています。この技術のおかげで今まではデカールで再現していた細かいパーツをより緻密に、また均質に再現することが可能になりました。これをすばらしいと感じるか、味気ないと感じるかはひとそれぞれだと思います。少なくてもミニカー小売店は、デカールの浮きによって商品価値が半減する恐れが無くなることは大歓迎だと思います。以前、あるミニカーショップでAlfa Romeo 155V6 TIのデカール浮きミニカーを半値でどうか?と声を掛けられました。実物を見せてもらいましたがデカールが小さく、または大きく浮いてしまっていました。結局買いませんしたが欲しかったモデルなので少し後悔しています。聞いた話では小売店に入いった段階で、すでにデカールが浮いているミニカーもあるそうです。 ※デカール:塗装後の仕上げに貼る水転写シール 二枚の写真でどちらがタンポ印刷かわかるでしょうか?写真が小さいですが、上がhpi・racing製、下がミニチャンプ製です。hpi・racing製がたんぽ印刷です。    こだわる大人のための趣味と生活のポータルサイト「サイドリバードットコム(sideriver.com)」が参考になります。 (ポータルTOP > ホビー > 趣味side…

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WTCCのアルファロメオ

WTCCが2008年10月26日岡山国際サーキット(旧称はTIサーキット英田)で開催されました。2005年にWTCCとして世界選手権が復活してからも、日本では一度も開催されませんでした。岡山は1996年に国際ツーリングカー選手権(ITC)が開催されることになっていましたが、直前にキャンセルされたことは、前の別記事に書いたとおりです。WTCCはヨーロッパだけでなくメキシコやブラジル、トルコ、マカオなどを転戦します。市販車で行われるこのレースはF1、世界ラリー選手権に次ぐ世界三大選手権に数えられていますががなじみがないためか日本での人気は今ひとつです。岡山開催を機に盛り上がってくれればと思います! ※WTCC(世界ツーリングカー選手権)詳細についてはフリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』をごらんください。 レギュレーションは「スーパー2000」と呼ばれる規定で、年間生産台数が12ヶ月で2500台以上でFIAのプロダクションカーとして登録された車両かつ 2000ccの4ドアセダンまたは5ドアハッチバックなどのベース車両に厳しく制限されたチューニングを施した車両が参加可能です。現在BMW、シボレー、セアト,ホンダの4メーカーがワークス参戦し、一部のプライベーターがそれ以外の車両でスポット参戦しています。 WTCCは見た目がそのまま市販車で、走りを追求した車を好むヨーロッパのマーケットでは自動車メーカーにとってプロモーションとイメージアップに最高のレースと認識されています。自分の所…

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hpi・racingのミニカー

hpi・racingのミニカーについての評判がいいようです。ミニカーショップで聞いた話とわたしの個人的な感想について書いてみます。 hpi・racingのミニカーは、作りがよくて京商フェラーリの8000円クラスよりできがいいと思う。へたをしたら2~3万のミニカーよりもいいかも知れないとベテラン店長さんが言っていました。ランチアのミニカー購入者で、買い直している人がいるとも言っていました。たんぽ印刷についても塗装がだめにならない限り剥離することがないのでいいと言っていました。予約したお店(別のお店)は、問屋さんに入荷がなかったので、小売店までまわって来なかったと聞きました。人気車種は、注文を受けた数量の2割程度の供給しかできていないようだと聞きました。また今は機会がないのですがわたしにスパーク製のできのよさを教えてくれた別の店長さんにお会いした折にはもhpi・racingの感想を聞いてみたいものです。 以前の過去記事でAlfa Romeo 155V6 TI (#19) 1996 ITCボッシュ/服部尚貴を注文したことを書いたおり、スムーズに入手できるか心配だと書きましたが心配したとおり予約がだめにになりました。あらかじめ入荷数量がわかるのは、京商、エブロ、ミニチャンプス(最近はあやしい)ぐらいでほかのメーカーは発注しても物が来るまで入るか、入らないのか不明だそうです。急遽、ネットを探しましたが服部尚貴バージョンは通販も完売状態です。hpi・racingのHPに載っている取扱店の一軒で運よ…

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