アルファ75

画像1985年4月,アルファ75は、(二代目)ジュリエッタの後継車種としてアルファロメオのミドルレンジを担うべく発売されます。75の名はデビュー年がアルファロメオ社創業75周年であったことに因ります。当時のアルファロメオは車名に二桁の数字を使用しているケースが多いですが、大衆車クラスの33(アルファスッド後継)の名前の由来は'77年にFIA世界スポーツカー選手権でワールドチャンピオンに輝いた33TT12と同じく、水平対抗エンジンを搭載していることから、中型車クラスの90(アルフェッタ後継)の名は、同社が1990年まで生き残れるよう願いをこめてネーミングされたものです。写真は、上が、PMA製の1989年のAlfaromeo75 3.0V6Americaで、下がPROGETTO製の1988年alfaromeo75turboです。


アルファ90と平行して開発が進められた75はエルマンノ・クレッソーニ率いるアルファ・ロメオ・デザインセンターが手掛けたデザインで、ジュリエッタ譲りの抑揚の強いウエッジシェイプは通常の自動車美の観念から大きく逸脱する個性的なもので、好き嫌いが分かれるところです。


機構的には、経営破綻寸前だったアルファロメオの台所事情を反映し、先代ジュリエッタ(さらに遡ればアルフェッタ)を踏襲しており、トランスアクスルのドライブトレーンにインボードディスクのリアブレーキ、ド・ディオン・アクスルのリアサスペンションという贅沢極まりないメカニズムを持つ最後の量産モデルです。後輪駆動を信奉する保守的なマニア層に愛好されたこともあり36万台という、アルファロメオ車としては比較的多数が生産されました。


エンジンはジュリエッタから1.6ℓ、1.8ℓ,,2ℓの各ガソリンエンジンと2ℓターボディーゼルを、また、6(セイ)から2.5ℓV6をもらいます。、2.5/3ℓのV6ユニットは主に輸出向けに搭載され、、アルファロメオミラノV6の名前で対米輸出されました。また、1986年には1.8のエンジンにアメリカ・ギャレット製インタークーラー付ターボを装着し155馬力とした「75ターボ」が、1987年にはV6・2959c189馬力の「3.0アメリカ」とかねてから開発していた可変バルブタイミング、1気筒あたり2本のプラグを装備した2.0TS(ツインスパークが発売されます。また、グループAツーリングカーレース用に500台の「75ターボ・エヴォルツィオーネ」( Turbo Evoluzione)が1987年に限定生産され、このマシンでジャンフランコ・ブランカテリは1988年のITC(イタリアツーリングカー選手権)を制します。


画像日本でも、輸入体制が整ったこと、75を最後の後輪駆動「純血」アルファロメオであるとしてより愛好するマニアも多くいたことで、バブルの中、順調に販売台数をのばしました。



















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