アルファロメオ・1900

画像第二次世界大戦中、アルファロメオは軍需品も生産していたこともあり、工場が連合軍の攻撃目標となり甚大な被害をこうむります。戦争が終わると乗用車の生産を再開しますが戦前から生産されていたモデルは戦後 3 ~ 4 年で生産を終了します。
1950 年、アルファ・ロメオにとっては初の純戦後設計モデルである1900が登場します。これまでの高品質・超高性能な車を少量生産するメーカーから、量産メーカーへの転進により、クルマ作りを 180 °変えるのを余儀なくされたアルファロメオですが、1900は中型乗用車にも関わらずこれまでの6Cよりかなり安い価格設定とアルファ・ロメオらしい高性能と上質さで大好評を博します。戦後のアルファロメオの方向性を決定した重要なモデルです。写真は、M4社製のアルファロメオ 1900 TI モンテカルロ 1953 です。



6C2500シリーズでは独立懸架が採用されていたリアサスペンションは 1900で はコイルスプリングながらリジッドに戻されるなどコストを意識した設計が見受けられますが、フロントにはダブルウイッシュボーン、アルファ・ロメオとしては初めての経験となるモノコックボディの採用、4気筒のシリンダーブロックの上にはアルミ製のDOHCヘッドが輝くなど、やはり世間一般の実用サルーンと血統が違うことは明らかであり、当時の2リッター級サルーンとしては、世界最速車の一つです。



1950年のデビュー当初は、1884ccにシングルキャブレターで80PSのベルリーナのみでしたが、1951年にはキャブレターを2基に増設、100PSまでチューンされたTIが追加されます。さらに1953年にはエンジンを1975ccまで拡大、ボディもウィンカーレンズの形状変更(円形から縦長に)、フロントとリアのバンパーオーバーライダーの追加などのモディファイを加えた“スーペル”ことシリーズ2に進化します。1900は90PSのスーペル(1900スーパー)に、またTIは115PSのTIスーペル(1900TIスーパー)に発展します。また、1951年にはショートホイールベースにオリジナルボディーを架装した1900スプリント(1900スーパースプリントに発展)もラインアップに加わります。
1958年、ベルリーナはアルファ・ロメオの単一機種としては初めて1万の大台を越える17,243台をスプリント系は1803台を生産して、後継車2000に後を譲るかたちでフェードアウトします。



1951_alfaromeoAR51mata~progettoK.jpg1900M・マッタ
1949年の北大西洋条約機構 (NATO) 軍の設立を受け、軍・警察用の多目的車両として開発されたのが、1900M・マッタ(MはMilitare= 軍事の略)です。アルファロメオらしい凝った設計ゆえか、あるいは「どこでも走る」と謳われた当時の広告キャンペーンのためか、「マッタ・Matta」(狂った、常軌を逸した)というニックネームで呼ばれます。写真はprogettoKの1951_alfaromeoAR51mataです。1900M AR51は、
別記事にしていますのでよかったらみてください。





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