ジュリアの系譜(105・115系)

画像ジュリアは1962年の誕生いらい、10年あまりの間に100万台を生産しますが、アルファロメオにとってジュリアの時代は、ひとつの頂点であったことは異論はないでしょう。戦後、ジュリエッタ(101系)によって量産メーカーへの転身を確固たるものにしたアルファロメオですが、年間生産台数1万5000台程度の小規模なスペシャリストから、、年間生産台数10万台(69年)規模の量産メーカーに成長する原動力が次に登場したジュリア・シリーズです。シャーシー・ナンバーが105から始まり通称105系と呼ばれますが、機構的には、ジュリエッタ(101系)のものをほぼそのまま踏襲しています。たとえば、エンジンについてはジュリエッタのボアとストロークの拡大版ですし、足周りを含めたシャ-シー・レイアウトも、基本的にはジュリエッタのものを踏襲しています。伊藤忠オートによってスプリントGTが輸入されたのが1963年12月のことであり、日本でアルファロメオが認知されたのはジュリア以降の話です。



「ジュリア」は、それまで販売されていた「ジュリエッタ」(1.3リッター)のお姉さんという意味から名づけらた名前です。アルファロメオの1.6リッタークラスの車を総称して、「ジュリア」と呼ぶことが多いのですが、ジュリア・スプリント、ジュリアセダンTI、ジュリアスパイダーの3種類のモデルがありました。アルファロメオの1.6リットル直列4気筒エンジンは、当時の多くのエンジンがまだOHVだった中で、いち早くDOHC方式を採用しておりシリンダーブロックとヘッドは一般的な鋳鉄製ではなく、アルミ合金製でした。またトランスミッションは、一部のスポーツカーにしか採用されていなかった5速MTを、ブレーキは4輪ディスクブレーキ(最初期型を除く)を量産サルーンに採用するなど先進のメカニズムであふれていました。ちなみに日本では、初代カローラの前のモデル・パブリカ(697ccの空冷2気筒OHV・水平対向28馬力エンジン搭載)が前年に発売されていますが、そんな時代の話です。



1962年、最初に登場したジュリアは社内デザインの「TI」と呼ばれる4ドアセダン(ベルリーナ)でした。ボクシーなスタイルは特にわが国では“醜いジュリア”というニックネームで呼ばれることもありますが、パッケージングと空力性能を極限まで追求したボディーデザインで、40数年を経た今もなお、多くの人々を惹きつける個性的なデザインです。



TIの登場に際し、先代ジュリエッタのクーペ(スプリント2種)やオープンモデル(スパイダー)は、マイナーチェンジを機に1600ccエンジンが与えられて、ジュリアと改名し1965年まで継続生産されます。ジュリエッタと(ジュリエッタ手直し版)ジュリアの外観上の相違はわずか(エンブレム程度)ですが、スパイダーのみ僅かに背が高くなった新しいエンジンに合わせてボンネットにパワーバルジが与えられたので識別が容易です。当時のアルファロメオには一時に3つのボディー・バリエーションを用意できなかったためですが、ちょっとややこしい話です。



1963年9月、ベルトーネ社のチーフスタイリスト・ジョルジェット・ジウジアーロのデザインしたジュリア独自の2ドアクーペ「スプリントGT」が誕生します。ホイールベースはセダンより160ミリも短い2350ミリという2ドア・ノッチバッククーペは、たんにスポーティーで美しいだけでなく、大人4人が乗れる実用性も兼ね備えていました。GT系はベルリーナ以上に好評で、1960年代を代表するスポーツカーに成長します。「段つき」と呼ばれるノーズパネルとボンネットとの間に段差をつけたモデルが好評でした。アルファロメオの「ジュリア」という名前を聞けば、このジュリア・クーペをイメージする人も多いと思います。



1966年には、先代同様ピニンファリーナのデザインによるオープンモデル、「スパイダー1600」(公募されたニックネームがデュエット)が誕生します。スパイダーはエンジン・シャシーはジュリア系と同一ながら、「ジュリア」として販売されたことはなく、終始別車種として扱われました。スパイダーについては、すでに記事をアップさせていただいています。



画像余談ですが1965年のジュリアスパイダー生産中止から、後継モデルがでる約1年間のブランクの間はジュリア・スプリントGTのオープン・ヴァージョンであるGTCが代役を務めています。




またジュリアの名が冠されていた「TZ」「TZ2」はシャシーは105系ジュリアをベースにしながらも中身はまったくの別物でした。TZはロードカーとしても発売されましたがTZ2はレース仕様しか発売されなかったモデルです。



あと、ショーモデルから生産ラインにのった「モントリオール」は普通ジュリア系に含まれないモデルとされていますが、形式ナンバーは105ではじまるのでジュリア系のひとつに数える場合もあります。



 ジュリアシリーズは年代によって異なる1300cc、1600cc、1750、2000ccのエンジンをそれぞれのボディに組み合わせてており、組み合わせ、年代によってフロントグリル等が変更を受けています。2灯のものと4灯のものがありますし、「アルファの盾」も数タイプがあります。 アルファロメオは自分たちに求められている車を、ニューモデルとして送り出した結果、バリエーションが複雑になりました。そのためジュリア・シリーズをまとめて記述する作業はかなり困難であり、またそれぞれのモデルが個性豊かなのでひとつにまとめるには惜しいので、下記のように分けて、日を改めた別記事にしてみたいと思います。


◎ジュリアTI/TIスーパー/スーパー(1962年から1978年)

 ジュリア1600TIからヌォーヴァ・スーパー1600/1300まで

◎ジュリア・クーペ(1963年~1977年)

 スプリントGTから2000GTVまで

◎1750ベルリーナ/2000ベルリーナ(1967年~年)

◎ TZ/TZ2(1963年~1967年)

◎ モントリオール(1968年~1973年)



かの自動車王ヘンリー・フォードは「私はアルファ・ロメオが通るたびに脱帽(Hat Off)する」と言ったそうです。これはアルファ・ロメオに対する賞賛であると同時に、戦前の生産効率に左右されることなく少数生産、超高価格販売政策のもとで理想の車づくりに邁進できた同社への皮肉めいた羨望であったといわれています。

ヘンリーフォードと比ぶるのもおろかなことですが、わたしはクラシックアルファ(注)が走り去る姿を見ると、オーナーの方の並々ならぬであろう維持するための情熱と努力に尊敬の念を禁じ得ません。

また、ROMEO-HPへようこそ!アルファロメオジュリア105系・・・のように熱い思いのをHPを拝見すると、ほんとうに感動してしまいます。園村氏のご了解を得てリンクを貼らさせていただきましたので是非、ご覧くだんさい。


(注)クラシックカーの定義はあいまいですが、1974年までぐらいに生産された車をイベント参加資格とする場合が多いようです。









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