「札幌の二度泣き」と「岡山の二度泣き」

画像「札幌の二度泣き」ということばがあります。札幌に転勤を命じられた時は、都から遠い北辺の地に流されるかのような寂寥感や悲壮感で泣き、数年を札幌で過ごし、他都市への転勤を命じられた時には、よそ者をも受け入れる温かい人情に包まれ、快適な生活を送ることのできた札幌のまちへの離れ難い思いで泣く。北の都の懐の広さ、鷹揚さ、温かさが偲ばれます。

一方、「岡山の二度泣き」なることばが、巷間で話題になっていたことがあります。岡山に転勤を命じられた時は、イメージが希薄で全国的な認知度が低く、どのようなまちか見当がつかない不安感と未知の地への期待感を織り交ぜながらやって来るが、いざ住んでみるとビジネス上のクレームの多さ、公共交通機関利用時のマナーの悪さ、よそ者に対する冷淡さなどの保守的、利己的、排他的な風土に泣き、他都市へ転勤を命じられた時には、よそ者には住みにくい岡山のまちから離れられる嬉しさで泣くというのです。(岡山市総合政策審議会平成13年5月29日中間答申から)

大宅壮一氏から岡山県人の理論好き、排他的、悪賢い、冷淡、燃えない、利己的な面を捕らえ、「日本のユダヤ人」と言われるにいたっては、岡山県民として県民イメージの悪さに困惑してしまいます。なぜ県外の人からそのように思われるかですが、気候が温暖で、高梁川、旭川、吉井川という大きな河川があるため水にも恵まれ、自然災害が少ないため飢饉になることが少なかったため集団で力を合わせたり助け合う必要が無かったので独特の県民性が形作られたとする説がもっともらしいです。

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