「札幌の二度泣き」と「岡山の二度泣き」

sattporosi .jpg「札幌の二度泣き」ということばがあります。一度目の「泣き」は、札幌に転勤を命じられた時は、都から遠い北辺の地に流されるかのような寂寥感や悲壮感で泣き、二度めは数年を札幌で過ごし、他都市への転勤を命じられた時に、よそ者をも受け入れる温かい人情に包まれ、快適な生活を送ることのできた札幌のまちへの離れ難い思いで泣くというのです。





okayamasi.jpg一方、「岡山の二度泣き」なることばが、巷間で話題になっていたことがあります。岡山に転勤を命じられた時は、イメージが希薄で全国的な認知度が低く、どのようなまちか見当がつかない不安感と未知の地への期待感を織り交ぜながらやって来るが、いざ住んでみるとよそ者に対する冷淡さなどの保守的、利己的、排他的な風土に泣き、他都市へ転勤を命じられた時には、住みにくい岡山のまちから離れられる嬉しさで泣くというのです。



okayamaken2.jpgそもそも北の都札幌と、平静21年に人口70万人の特例でやっと政令指定都市になった岡山市と比較する意図が分かりません。人としての懐の広さ、鷹揚さ、温かさに劣る県民性を強調するための悪意を持った対比だと思います。しかし、このフレーズは驚くべきことに岡山市(岡山市総合政策審議会平成13年5月29日中間答申から)が、自ら発信したフレーズなのです。オウンゴールというか、自己卑下の極みで、気持ちのいいものではありません。※現在は、リンク切れで恋会されていません。



okayamaken4.JPGかって大宅壮一氏からも岡山県人の理論好き、排他的、悪賢い、冷淡、燃えない、利己的な面を捕らえ、「日本のユダヤ人」と言われたことがあります。よほど氏の周りの岡山県民がひどかったのでしょうが、あまりのイメージの悪さや偏見に戸惑います。岡山県は、気候が温暖で、高梁川、旭川、吉井川という大きな河川があるため水にも恵まれ、自然災害が少ないため飢饉になることが少なかったため集団で力を合わせたり助け合う必要が無かったので独特の県民性が形作られたとするというのがもっともらしい説がありますですが、それにしても・・・
写真は、江戸時代に天領として栄えた倉敷美観地区です。






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